やっぱり遊ぶのは女の子とが中心でした。
例外は近所の男の子。その子は優しい性格だったからか普通に遊ぶことができていました。一緒に遊ぶのが同性だろうが異性だろうが、居場所がそこにあるっていうことが大事なのかなぁと今になって思います。なぜそう思うかというと…こんなエピソードがありました。
4年生の頃、担任の先生に「たまには男の子と遊びましょうね」とクラス全体の席で言われたのをはっきりと覚えています。「何か悪いことをしているのかな?」っていう思いと、みんなの前ですごい恥ずかしい思いをさせられたような、複雑な思いを抱いたのを覚えています。男子と全く話をしないとか、そういうわけではないんですよ。授業の課題なんかはみんなで一緒にやっていたし、普通に男女問わずおしゃべりをしていました。ただ、女子といる方が多かったし楽しかったんじゃないかと思います。そして、何かのグループ分けのようなことがあると、女子グループに入っていたんですよね。
この先生の言葉がきっかけかはわかりませんが、「好きな人同士でグループを作る」という場面が非常に嫌なものとなりました。なぜかそういう場面って男子は男子で女子は女子でグループを作るようになっていたため、だんだん女子のグループにも入りずらくなり、かといって男子のグループにも入れない、自分の居場所がないような感じになっていたんですよね。で、仕方がないので人数合わせ的に余ったところに入っていました。女子と仲良くしつつも、自分は男であるという認識はあったから、男子のグループに入らなきゃならないのか、でも今さら入れてもらえるところなんてない…そんな状況でした。
そして徐々に「おかま」とか「お前女かよ!」みたいに言われることが増えていきました。このころの僕には言い返す力はなかったので、「えっ、何で、違うよ。。」みたいな言葉しか出てこなかったと思います。親にはもちろん言えません。
それでも、完全に孤立していたわけではなかったし、やっぱり女子中心でしたが仲良くしていた子たちがいたので、乗り越えることができました。いじめの予兆というかさきがけ的なものはありつつも、小学校の頃はそこまで苦痛だった覚えがないのは、比較的まじめな子が多い小学校だったからでしょうか。僕は中学受験をしませんでしたが、クラスの7割くらいが受験をするような小学校で、6年生の終わりころはみんな人にかまってる暇はなかったんじゃないかと思います。そして、地元の公立中学校に進学します。人生で1,2を争う暗黒時代への突入となります。
「好きな人同士でグループを作りましょう」って難しいなぁと思います。仲良し同士でグループを作りたい気持ちはわかります。そしていざグループ作りが行われ、ひとり浮いてしまった子がいたときに、先生は「○○もどこか入れてあげて~」みたいなことを言って、グループが無事できればそれで終わりと思うかもしれません。でも、その一人になった子は「自分は入れてもらえるところがないんだ、嫌われてるのかな。」とかしばらく考え込むんじゃないかと思います。それだったら、グループ決めの日は欠席して翌日勝手にできたグループを知る方がその子にとってはましかもしれないですよね。僕が小中学校の時代ってもう20年以上前の話ですけど、未だにこのことで悩んでいる子たちが毎年いるんじゃないかなぁ。
そういえば、以前の記事「ゲイだと自覚したのは…… - インドア派Around40ゲイの日記」で書き忘れたことを思い出しました。小4か小5くらいの夏休み、近所の児童館のキャンプに行きました。そこには大学生のボランティア(の人だと思う)も参加していたのですが、一緒にお風呂に入ったときにその人の体をじっと見てしまった覚えがあります。もちろん下の方も。このころからすでに抱かれたい願望を持ってたのかも。